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私、すが義偉の選挙区、神奈川2区
(横浜市西区・南区・港南区)を
ご紹介します。


【西区】
 私が横浜市会議員として2期務めたのがここ、西区です。
 西区は面積、人口ともに横浜18区中、最も小規模ですが、神奈川のメインターミナル駅である横浜駅周辺は大規模な商業地区となっています。しかし、一歩足を伸ばせば、横浜開港以来の歴史と下町情緒を残した人情味溢れる昔ながらの街並みが広がっています。そして、今も開発が進められている埋立地のみなとみらい21地区もあり、いろんな街の顔と文化が共存しているのが、西区の特長です。
  また、横浜市立中央図書館、県立図書館、横浜能楽堂、県立音楽堂、青少年センターなど、公共文化施設がたくさん所在しています。

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 みなとみらい21地区は、日本一の高さの横浜ランドマークタワーや、赤レンガ倉庫など、ご覧になったことのある方は多いと思います。
  みなとみらい21地区は、20年前までは、横浜の都心近くに大きな造船所や埠頭施設があり、その前面に東京湾が広がっていました。そこで造船所などには市内の別の場所に移転してもらい、その空き地と前面の海を埋め立てた土地を併せて開発し、隣接する街とも一体化することにより横浜の都心を再生することにしました。その大事業がみなとみらい21事業です。現在も、就業人口19万人・居住人口1万人を目標として開発が行われています。これは、昼間人口や就業人口を増やすことで「東京のベッドタウン化」を改善し、地域社会や地域経済の活性化を目的とした施策です。すなわち今日の東京一極集中から地方分権社会という時代移行の中で、企業本社等の他都市からの誘致促進や、企業集積の波及として起こる新規起業の支援を目指しています。                                                 

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【南区】
 南区は「弘明寺遺跡」や「殿ヶ谷遺跡」など数箇所で古代遺跡が発掘されており、大岡川流域は古代から人々が生活しやすい場所だったと考えられています。
  横浜港の開港後、文明開化とともに新しい文化・技術・産業などが紹介され普及しました。

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 1960年頃から、人口が急増したため、1969年には区の南部を港南区として分離して、現在の南区となりました。南西部の開発により人口の増加はその後も強まり、交通の渋滞を解消するため、路面電車が廃止され、バス輸送に切り替えられました。1972年には市営地下鉄が、伊勢佐木長者町~上大岡間で開通し、区内に4つの駅(阪東橋、吉野町、蒔田、弘明寺)が設けられました。
  また、神社仏閣も数多くあり、お神輿やお祭りなどの文化行事も盛んに行われております。弘明寺商店街や横浜橋商店街など昔ながらの商店街もあり、今も下町情緒が生き続ける人情味の豊かな活気溢れるまちとなっています。

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【港南区】
 港南区は1969年に、人口の増加により南区から分区して誕生しました。
江戸時代までは、現在の港南区一帯も主要道周辺にのみ集落をなす、緑豊かな丘陵に囲まれたのどかな農村地帯でした。それが横浜開港とともに徐々開発が進み、なかでも捺染業は大岡川の水流をいかして盛んになり、港南区の地場産業として有名です。

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  また、都市部へ供給する野菜・花卉の栽培も盛んに行われていました。
 その後は、大規模な宅地開発が進み、田園都市から住宅都市へと大きく変貌を遂げました。区内には、京浜急行線、JR根岸線、市営地下鉄の3つの鉄道が通り、特に上大岡駅及び港南台駅地区は商業施設が集中し、港南区のターミナルとして賑わっています。また環状2号線などの幹線道路沿いには、大型ショッピング施設が立ち並び、利便性と居住性を併せ持つ、暮らしやすい区になっています。

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